体に染み付いた匂い

心に染み込んで行く想い

これが全ての始まりだった。







仄かに残る香り
    〜 最後の嘘 その2〜













「なんで……か。」



サイトーは運転しながら、ドアを閉じる直前にが呟いた言葉を反芻してみる。


サイトーはに自分の名前以外告げていない。
聞かれたとしても表向きの肩書きを教えるだけだ。
そんな質問は何の意味も成さない。
しかし、今までは一度もサイトーの身辺に関してたずねたことはない。

それはなぜか。

にも聞かれたくないことがあるのだろう。
それが何なのか、サイトーも知りたくないわけではない。
が、今の二人は刃物の上を歩くように不安定な中で絶妙な均衡を保っているようなもの。
の過去と引き換えに、それをむざむざと崩したくはないのだ。


俺らしくもない。


サイトーは首を振ると、そんな関係に執着する自分を振り払うようにアクセルを踏み込んだ。





















サイトーが本部作戦室に到着した時には、9課の面々はすでに集合していた。


「休暇なのに悪いわね。」


草薙が悪びれもなくサイトーに声を掛ける。


「いや。」


サイトーはそんな様子を気にすることもなくソファーに腰掛けると、
横に座っていた大柄の義体の大男がニヤッと笑い、サイトーの肩をガッチリと組んだ。


「スナイパーさんの休暇ってのに少々興味があるんだが……教えてもらえるかい?」

「黙れ、レンジャー。」


サイトーはバトーの隣に座ったことをひどく後悔した。
振り払うように言い放つが、効果はないようだ。
バトーは、相変わらずからかうように肩を組んだままサイトーから離れない。
すると、サイトーのウンザリした様子を見かねたトグサが助け舟をだした。


「旦那、いい加減にしなよ。休暇に何しようがサイトーの自由だろう。」

「なんだ、トグサは気にならないのか。」

「俺は、他人のプライベートは尊重するタイプなもんで。」

「ちっ。」


スクリーンの前で肩をすくめるトグサ。
それを見て、バトーは軽く舌打ちすると渋々サイトーを開放した。
サイトーは表情には出さないが、内心ホッとすると両膝に肘を乗せ手を組んだ。


と、その時。
バトーからの暗号通信を受信した。


『緊急招集だったとはいえ、今度からは匂いはきちんと落としてから来い。』


サイトーはハッとして隣のバトーを見る。


『ごくわずかだが、女の匂いがするぜ。
 まぁ、俺と少佐くらいしかわからんとは思うが。』

『………そりゃご親切にどうも。』


今日の俺はどうかしてる。


おそらく、最後にキスをしたときに匂いがわずかに移ったのだろう。
拳銃を部屋に忘れたことがそもそものミスだ。

そんなミスをするなんて平和ボケでもしているのだろうか。
ここが戦場だったら即死だ。


サイトーは視線を戻すと己の迂闊さに自嘲した。


「みんなそろったようじゃな。トグサ、始めろ。」

「はい。」


課長の一言により作戦室の空気に緊張が走り、みんなの表情にも厳しさが混じる。
サイトーも思考を切り替えると、スクリーンの前に立つトグサを見上げた。


「『シルバ』の件に関して新しい情報が入りました。」


――シルバ

それは、おそろしく慎重で正体不明の殺し屋。
仕事は確実かつ丁寧で、裏の世界では非常に信頼が厚く、有名だ。

2年前から消息の途絶えていたのだが、
一ヶ月ほど前、内務調査課に所属していた男が殺された手口がシルバのそれと一致したことから
9課がその捜査に乗り出したのであった。


「殺された内務調査員である高岡の外部記憶を調べたところ、この男に関する情報が見つかりました。」


トグサがそう言うと、スクリーンにある男の映像が映し出された。


「この男はウエスギと呼ばれる情報屋で、
 殺された高岡が最後にコンタクトをとった相手と思われます。」

「こいつが、シルバなのか?」


男の顔を見据えながら不満そうにバトーが口を挟む。
映し出された男は色が白く、殺し屋にしてはひどく線が細かった。


「いや、シルバは女だ。」


バトーの疑問に答えたのは草薙だった。


「どうも1課の動きに疑問を感じて、問い詰めたところ。
 2年前、1課はシルバと接触していたのよ。」

「マジかよ。」


作戦室にどよめきが起こる。


「えぇ。シルバと思われる人物を断定し、接触を試みたが失敗。」

「それで逃げられ、消息不明ってか。」


イシカワはソファーに背を預け肩をすくめると、「そんなところね。」と草薙は嘲るように鼻で笑った。


「そんで?この男とのつながりは?」

「あぁ、それなんだが。」


サイトーの質問を受け、トグサが全員に資料を手渡す。


「これが2年前のシルバに関する資料。1課が隠し持っていたものです。」


サイトーは手渡された資料に目を通す。
そこには、髪の長い顔の整った女の写真が載っていた。
一言で表すなら夜の女……といったところだろう。


「ヒュ〜、いい女じゃねーか。」


サイトーの正面でパズが口笛を吹く。


こういった女はパズの担当だな。


そんなことを思いながら、サイトーはパズをちらりと横目でみると、
再びトグサに視線を戻し先を促した。


「これは?」

「これが1課がシルバだと断定した女の写真だ。
 しかし、今は義体を乗り換え違う姿をしていると思われるが……。」

「で、そのウエスギとの関係は?」

「シルバとの関係はよくわかっていないが、
 このウエスギが唯一、シルバの今の姿を知っている人物……らしい。」


トグサは目をそらすように語尾を濁した。


「おい、その“らしい”ってのは?」


そんなトグサの様子に、バトーは拍子抜けした様子でたずねた。


「このウエスギって男もなかなか食えない男で、詳しいことがよくわからないのよ。」


頭の後ろを掻きながら顔をしかめるトグサの代わりに草薙が話を続ける。


「しかし、1課が2年掛けて手に入れた情報だから信憑性は高いんだが確証は、ない。」

「おいおい、そんなんで大丈夫なのかぁ?」


バトーはソファーに踏ん反りがえり、天井を見上げる。


「あら、嫌なら抜けてもらってもいいのよ。」


草薙は、バトーを一瞥すると口角を上げた。


「べつに、嫌なわけじゃねーさ。」

「そう、ならよかった。」


二人の言い合いが終わると同時に、
腕を組み、顎に手をあて沈黙を通してきた荒巻が話し始める。


「詳細は以上だ。しかし、この情報を100%信じるわけにはいかん。
 情報の信憑性を確認するとともに、
 この『ウエスギ』という男を探し出し、シルバにつながりそうな情報を洗い出せ。
 現場指揮は少佐に任せる。」

「課長はどうするの?」

「わしか。わしは1課に関して気になることがあってな。そっちを調べてみるつもりだ。」

「了解!イシカワ、ボーマは、1課の情報を洗え。
 残りは、ツーマンセルでウエスギの捜索にあたれ。いくぞ!」


草薙の号令のもと9課の面々は作戦室を一斉に出て行った。





















「……………なんだ。言いたいことがあるなら言え。」


サイトーはハンドルを握り、前を向いたまま言い放った。
助手席では、バトーが無言でニヤニヤしながらサイトーに意味ありげな視線を送っている。


「いーや。別になんでもねーよ?」

「・・・・・・なら前を向いてろ。」


サイトーは、先程から隣で無言のプレッシャーをかけてくるバトーに内心ため息をついた。

バトーと組んだらこうなるということは分かっていた。
だから、サイトーは一番安全そうなトグサと組もうとした。


が。


「トグサ、お前はパズと組め。私は単独で動く。」


そんな少佐の一言で、バトーとのツーマンセルが決定した。


少佐の言うことは絶対だ。
逆らうことなどできるはずがない。


サイトーにわずかに染み付いた匂いに気がついた少佐は、
こうなることがわかっててそう命令したのだろう。
サイトーはそう言い放った時の少佐の表情を思い出し、顔をしかめた。


「お前が女ねぇ。」

「……俺に女がいたら悪いか?」

「そうじゃねぇよ。ただ、お前が他人の匂いを残すなんてミスするとはな。」


そう言うと、バトーはダッシュボードに足を乗せ頭の後ろで手を組んだ。


そんなこと、俺自身がいちばん驚いてるさ。


隣で今の状況を楽しむ相棒に一瞥をくれると、
サイトーは苦虫を噛み潰すような思いとは裏腹にポーカーフェイスで受け流す。


「ふん、俺だってそんなこともあるさ。」


そうは言ってみるものの、これがありえないミスだということはサイトーもわかっている。
サイボーグであるバトーや草薙にしかわからないほどのわずかな匂いだとしても
それが命取りになることだってありえる。


なんで、あの時俺はにキスをしたのか。


ベットに背を向ける、その直前。
ここから離れることが惜しい。
そう思った。
そして、気がついたらキスをしていた。


その感情がなんなのか、分からないわけではない。
しかし9課に所属する以上、何かに固執することなど論外だ。


「まっ、気をつけろよ。女は災いの元ってな。」


バトーはサイトーの肩をたたくと万遍の笑みを浮かべた。


「………ちっ。そりゃどーも、ご忠告痛み入ります。」


さすがのサイトーもバトーの冷やかしに舌打ちをすると、バトーの手を振り払った。



そして、自分の胸に浮かび上がるその想いに蓋をした。









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サイトー連載第2弾!!
書いていくうちに、今考えているストーリーとは内容が変わっていくんだろうな。
なので、どうなるかはまだ未定です。