サスケが練習にとたどりついた場所は、深くて暗い森の中だった。





休日ロマンスU
(恋唄100題 56:蜃気楼のようなくちづけ)





ラッキーはさすがに連れて来れないので一度の家に帰し、も動きやすい服に着替えて
サスケの修行の様子を見に来ていた。しかし、この森は暗い。一歩迷うと森からは逃げら
れそうになかった。

「ね、ねぇ、サスケくん、ここ怖いわ・・」

サスケに絡む太い腕は、さらに力を増している。にとって相当怖いようだ。
しかし、サスケは平然と言い放つ。
ここにたどり着いてからというもの、サスケの言葉が次第に少なくなっていった。不機嫌
にはなっていないのだが、明らかに先ほどまでの穏やかなサスケの顔とは別人だった。

「明るくすれば問題ねぇだろ」
「え・・・?」

に離れるように命じると、サスケは目をつぶって深く息を吐く。
の髪には、ピリリと静電気のようなものが一瞬だけ走り、思わず髪の毛をぎゅうと掴ん
だ。サスケの持つ力と空気が触れ合って、反発しているように、土が震えて空気が波立
つ。そして、すごい速さで印を結び終えると閉じていた目をめいっぱいに開いた。

バチバチバチ!!!!

するとどうだろう。サスケから先ほどのの静電気とは比べ物にならないほどの雷が発生
し、一本の木にイカズチが落ちた。地鳴りの物凄い音がして、は大きな身体を兎のよう
に小さく丸くする。

「きゃあ!!!」

耐え切れずに蹲ってしまったに、サスケは一呼吸置いてから問いかけた。固い表情はそ
のままに、を立たせようと手を貸す。

「刺激が強かったか?」
「・・・・・忍ってすごいのね。木を丸焼けにしちゃうんだもの」

一本の木に移った火は、轟々と燃え上がる。ただ、サスケはわざと密集していない木を選
んだようで、キャンプファイアーのように燃える火は綺麗だった。

「もっとできるの?」
「いや、まだこれは一日に一回きりしかできねぇ。しかも、これは未完成なんだ。・・・ま
だまだ修行が必要だな。もっともっと練習して・・・俺はもっと強くならなければいけな
い」

ぎりっと唇を噛み締めるサスケ。そこには何か信念のようなものがあり、それがサスケを
縛っているように見える。はサスケに声をかけようとおずおずと手を出した。何か言葉
をかけなければいけない。サスケは何かに苦しんでいる。
とっさにはそう思った。

「・・・・サスケくんにとって・・・・それは焦らなきゃいけないことなのかしら」
「焦るも何も、焦らなければあいつはもっと先へ行ってしまう・・!」

からはサスケを問い詰めることはしない。テノールに近い声がサスケの耳に届くが、そ
れはとても心地よい声だった。

「焦って転んだら、何もならないわ。落ち着いて」

はそっとサスケの手を握る。手はゴツゴツとして触り心地としては最悪だが、の図太
い声は自然とサスケの心に届く。一本の木に燃え上がった火は、静かに二人を照らした。

「いっぺんに大きなものをやろうとするから力がなくなるのよ。もっと持久力を付けな
きゃ。それに、そんな動かない木なんて相手になんてしても、相手は忍者なんだから素早
い動きなんでしょ?もっと手立てを考えなさいよ」
「・・・・?」

は木に光が灯ったことや今の一撃でどうやら恐怖はどこかへすっ飛んでしまったよう
だ。は持ってきた鞄からファンシーなスケジュール帳を取り出し、ビリビリと1ページ
を破く。

「ここにメモ用の紙があるわ。もっと小さくするから、まずは的を絞ってここに確実に当
てられるようにするの。小さな力でやるのよ!」
「あ、・・ああ」

が見てもさっぱりわからないが、サスケはチャクラを微力に押さえて再挑戦する。しか
し、何度やっても小さく破ったメモ用紙は最初に空気が振動することで逃げてしまう。練
習方法を改善しなければならないのかもしれない、とサスケは唸った。
は的確にアドバイスをし、サスケにやりやすいように色んな方向からの修行を一緒に考
えてくれた。
オカマたちが言っていた、「力になる」とは、親身に一生懸命同じ立場になりきって物事
を解決に導く。
恋愛だけでなくインストラクターのように頼りがいのある男に、正直サスケも舌を巻い
た。


「ちょっと休憩しましょ」
「せっかくの一日デートだったのに、悪いな・・俺の時間にしちまって」
「全然!いい男が鍛えてる瞬間を見てるのよ?すごく幸せだと思わない?」
「お前にとって、俺はそんなにいい男なのか?」
「ウフフ・・・、当然でしょ?だって彼氏なんだから!」

嬉しそうには笑う。

「なぁ、はどうして自分が女だって気がついたんだ?」

会話が弾んでいたので、ふと疑問を投げかけた。すると、ははっと黙り込む。
サスケは地雷を踏んだかとちょっと苦い顔をした。しかし、は震える唇に力を入れて口
を動かす。

「・・・生まれたときからよ。小さい頃から、おままごとが好きだったり、編み物が好き
だったり、・・女の子と遊んでいるほうが楽だったり、幼稚園の初恋も男の子だったわ。・
・・下を見るとね、女の子にはないものが付いているじゃない?・・小さくても思春期にな
るとお風呂を男女分けられるようになって、私は先生に男の子のほうに入れられるの。
・・・そこで初めておかしいって思ったわ」
「・・・・・・・・・・」

の視線は失敗して黒く焼け焦げた地面へと移動する。サスケを正面から捉えるのができ
なくなったのだろう。

「幼稚園の先生に猛抗議したの。私は女の子だ!ってね。だけど、わかってもらえなかっ
た。大人になるまでひた隠しに男として生活して・・あそこのパブで女として初めて受け
入れられた気がした。・・だけど、結局恋した男に振られちゃって・・やっぱり世間での女と
しては認めてもらえなかったのね」

サスケは視線を逸らしたの顔をじっくりと見つめていた。

「お前はいい女だ。・・・・俺が貰うにはもったいない女だ」
「フフ、なあにそれ?やんわりと断ってるつもり?」
「俺は復讐のために生きているんだ。だから、女は持てない。お前とは一日だけって条件
だから了解したがな。・・・・けれど、お前は本当にいい女だ。お前がいい男だと言った俺様
が言うんだ。間違いないぜ」

ほんのりと微笑むサスケの目はからは逸らされることはなかった。
はそんなサスケの言葉に、の顔はくしゃりと潰される。今までの悩みや、女としての
あり方を受け止めてくれる男などいなかった。

「いい男よ!・・サスケくんは、すごくすごくいい男!・・・公園で喧嘩してた女の子たちは
見所があるわ!」
「・・・・・もう一度、女としてやり直してみろ。今度は絶対うまく行く。見てくれなんかに
騙されない男は山ほどいるぜ」
「・・・ええ・・・ええ・・・!」

しきりに頷く
ワインレッドのボブカットのカツラがサスケの隣で細かく揺れる。サスケはそんな大男を
そっと愛おしく抱きしめる。肩幅まで腕が回らないけれど、それでもはサスケの小さな
胸板に顔をうずめ、マスカラが落ちるのを気にすることなく心行くまで泣き崩れたのだっ
た。



修行は夕方まで続き、さすがにサスケも猛特訓に耐え切れなくなったのかストンとその場
に腰を落とす。赤く染まった夕日は、木々の陰になって姿は見えない。けれど、二人はそ
ろそろこの時間が終わりだということに気がついている。

「お疲れさま。・・はい、タオル」
「ああ。サンキュ。・・・これで一日が終わっちまうな」
「うん・・・すごく楽しかったわ!朝だって、すごくオメカシしたし、お化粧も頑張った
し、今日だけでサスケくんに何度ときめいたかわからないわ」

は笑う。
こうしてこのオカマとの縁も切れるだろう。

「私、お店に復帰する。それで、もっともっとカッコイイ男を虜にしてやるのよ」
「それじゃあ、俺は過去の男になっちまうな」
「ウフフ・・」

アゴの割れた顔は、一日中日が出ているところで過ごしたため化粧は確実に取れていた。
そして、男性ホルモンが強いのだろう、一日がまだ少しだけ時間があるだろうに髭が伸び
てきているのがわかる。しかし、もうサスケには姿がどう映ろうとが女にしか見えな
かった。

「・・・今度、店に邪魔してかまわないか?その、修行のことの相談・・とか」
「大歓迎よ!いつまでも居て頂戴。もう大サービスしちゃうわ!」


の嬉しそうな声が上がったそのとき、夕日で伸びているとはいえ小柄な影が一瞬だけ大
柄な影と重なった。
は驚いて思わず唇に手をやる。サスケはすっくと立ち上がり、おもむろに大きく背伸び
をしてみせた。

「・・・・・・・サスケ、くん・・・・」
「驚いてるんじゃねぇよ。過去の男になるんだろ、俺は」

立ち上がっているせいで顔はよく見えないが、その声は凛としたいつもの声。先ほどの行
為が間違いじゃないことはたしかだった。

「さて、帰るぜ」

はサスケの裾をぐっと掴む。

「・・・・・・・・・もうちょっと、いても構わない?」
「ったく、また泣くのか?その泣き癖もどうにかしたほうがいいなウスラトンカチ」
「もうっ!黙んなさいよ!!」






******







サスケとが元の公園へ戻ってくると、オカマパブの仲間たちが一斉にを取り囲んだ。
もうそろそろ仕事の時間だというのに、のために自分達の仕事の時間を削ってまで二人
を待っていたのだった。

姉さん、帰ってきて!」
「私、姉さんがいたからお仕事できるのよぉ!」
「恋の相談は姉さんしかできないの!!お願い、戻ってきてぇ!」

三人は仕事前にもかかわらず、化粧をボロボロにして男丸出しの太い声で泣き崩れた。
は三人を抱きとめると、「あんたたち馬鹿ねぇ」とたしなめたがその声はとても優しい。

「この子たちがいるから、まだお仕事はやめられそうになかったわ」

は三人を抱きしめたままサスケに振り向いて微笑む。サスケもそれにつられて微笑み、
に向かって小さく手を振った。それが別れの合図だと気がついたは、焦って大声で
言った。

「また・・・・!また恋に傷ついたら・・一日だけ彼氏役になってくれる!?」
「ばぁか!!そんなことにはもうならねぇよ!お前はすげぇいい女だからな!」

急な風で枯葉がサスケとの間を邪魔をする。揺れる髪が邪魔で、必死に髪を直してもう
一言が叫ぼうとしたとき、やっと枯葉に隠れた視界が広がった。・・・・そこにはサスケの
姿はもうない。

「・・サスケくん・・・・ありがと・・・・」





数年後、里を出たうちはサスケの・・誰も居なくなった家に、一通の手紙が届く。
「いい男はサスケくんだけど、私の好きな男はこの人です」と、短い言葉と一緒に写真が
添えられていた。
サスケには読まれることはない手紙だったが、その手紙がサスケの家の片付けに来ていた
サクラの手に届くのは、もうまもなくのこと。




____
end

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