私とあなたをつなぐもの それはこの唇に残るぬくもりだけ 残されたものはたった一つ、あなたのぬくもりだけ 〜 最後の嘘 その1〜 ガラガラガラ……。 店のシャッターを閉め、地上へと伸びる階段を登ると東の空はわずかに白んでいた。 の一日が終わると同時に、新浜の街は一日が始まる。 は、眩しそうに目を細めるとふと人の気配を感じ振り返った。 「……あら、もうお店なら閉店しましたけど?」 階段の入り口には頭を丸く刈り込み、片目にアイパッチをした強面の男が壁にもたれかかっていた。 は、男の姿を捉えるとうれしそうに口角を上げる。 「それは、残念だ。」 セリフと裏腹に男のポーカーフェイスは崩れない。 しかし、足元に転がる吸殻の数は………少なくはない。 そっと近づきその頬に触れてみれば、 その肌はの体温を一気に吸いとるほどに冷たく、どれだけの時間自分を待っていたかがわかる。 不器用なのか、それとももともと寡黙なだけなのか。 「『寂しかった』……なんて言葉は期待してないけど、『久しぶり』くらい言ったらどう?」 「………あぁ、そうだな。」 無駄なことは言わない。 好きだ、愛してる……。 そんな甘い言葉も一切言わない。 なのに、なぜこの男がこんなに愛しいのか。 男の顔を見つめながら考える。 が、今はそんなことよりも そのぬくもりを感じることの方がいかに有意義であるか。 そんな事実にたどり着き、はそっと抱きついた。 「このままここで抱き合うのも悪くないけど……よかったらうちに来ない?」 「あぁ。」 その男は口に咥えていたタバコを地面に投げ捨てると足でもみ消す。 そして、慣れた手つきでの腰に手を回すとゆっくりと歩き出した。 が目を覚ますと、目の前にはサイトーの背中があった。 は全身義体。 寝返りを打つことはない。 抱き合うように寝ていたのだが、きっとサイトーが寝返りを打ったのだろう。 そっと背中をなでてみる。 鍛え上げられた肉体はとても硬く暖かい。 そのまま静かに背骨に沿って手を這わせるが起きる気配は、ない。 疲れているのだろう。 その背中を見つめ、は思う。 もともとマメな男ではない。 それでも、一週間に一度くらいはの勤めるバーに飲みに来ていたが、 ここ一ヶ月は、連絡もなかった。 それほどに忙しかったのだろう。 は、サイトーが何をしているのか知らない。 知っているのは、『サイトー』という名前と普通のサラリーマンではないということぐらいだ。 サラリーマンではないということも本人から聞いたわけではないが、 ただ、サイトーがスーツを着て営業で会社回りをしているなんて考えられないだけ。 「サラリーマンねぇ……ププッ。」 ふと、サイトーがくたびれたスーツを着て牛丼をかきこむ姿を想像し、笑いがこみ上げる。 「……ん…なに笑ってるんだ。」 サイトーが寝返りを打ち、薄っすらと義眼ではない方の目を開けた。 「ププッ……サイトーは…牛丼好き?」 「……なんだその質問は。」 「いいから答えて。」 は笑いを堪えながらがサイトーの顔を除きこむが、まだ眠いのだろう。 サイトーはの腰に腕を回すとすぐに目を閉じた。 「もう……。」 それくらい教えてくれてもいいのに。 しかしは、そんな言葉を飲み込むとサイトーの胸に顔を埋めた。 しょうがない。 きっとそうゆう世界に生きている人なのだろう。 だって、過去を捨てた人間だ。聞かれても答えるつもりはない。 だから自分も聞かない。 そのバランスが崩れればこの関係も終わる。 そんなわかりきった事実を振り切るようにも瞼を閉じると、サイトーの鼓動に耳を澄ました。 やがて、その鼓動に誘われるように眠りに落ちるその前に、サイトーは耳元でささやくように呟いた。 たった一言、とても低く小さな声で。 「………嫌いじゃない。」 あぁ、そうか。 なぜ、こんなぶっきらぼうで寡黙な男がいいのか。 それは、無駄なことは言わない、それ故にその言葉の中には嘘がないのだ。 短い一言に含まれる真実に、きっと安心するのだろう。 そんなことを考えながら、は眠りに落ちていった。 次に目が覚めたとき、そこにサイトーの姿はなかった。 サイトーが寝ていた場所に手を這わせてみると、まだ微かにそのぬくもりが残っている。 出て行ってからそんなに時間は経っていないようだ。 「起こしてくれればよかったのに……。」 はうつぶせになると、枕の下に手を差し入れ、抱えるように顔を埋めた。 その時。 枕の下に何か、異物感を感じた。 それは冷たい金属の感触だった。 は起き上がると、そっと枕をどけその物体を確認する。 そこにあったものは。 「………セブロM5。」 は、ヒュッと息を吸い込む。 サイトーが銃を持っていたことに驚いたわけではない。 ましてや枕の下にあったことに驚いたわけでもなかった。 問題は、そう。 それが『セブロM5』だったこと。 これを所持しているということは。 「公安…か………。」 はサイトーの正体に血の気が引くのを感じた。 カタッ。 玄関で音がする。 サイトーが戻ってきたのだろうか。 はセブロを枕の下に戻すとベットに横になり、目を閉じた。 足音がベットへと近づいてくる。 サイトーが公安関係者……!? 嘘でしょ……。 高鳴る心臓を沈めるようにゆっくりと呼吸しながら、サイトーの様子を伺う。 ギシッ ベットが軽く軋み、枕がわずかに持ち上がった。 サイトーがベットに手をつき、セブロを抜き取ったのだろう。 「……………。」 沈黙が二人の間を支配する。 セブロM5を構える男の姿がの頭に浮かんだ。 それは昔、が違う名前を名乗っていた頃の記憶。 その男の姿がサイトーの姿と重なる。 さっきまで自分の体を這い回っていたその指先が引き金を引き、そして………。 「………っ!?」 しかし。 が感じたものは痛みではなく温かなぬくもり。 サイトーはそっとに口付けを落とすと、静かに部屋からでていった。 は唇に残るぬくもりに指を這わすと、目を開けぼんやりと天井を見つめた。 「……なんで………。」 サイトーの落としていった口付けは、ほのかに絶望の味がした。 |
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やっちゃいました。サイトー連載!! ちゃんと完結するといいな・・・(オイッ) みなさんあたたかく見守ってください・・・・・・。 |